@kedamatti's diary

米山知宏の思考メモです(専門は、知/情報/自律的な組織づくり/プロジェクトマネジメント/ナレッジマネジメント/コミュニケーション/オープンガバメント/民主主義/市民参加/シビックテック)

政策立案パターン・ランゲージ:自ら「知」を生み出すプロセスを通じた「学習」と「組織変革」

昨年(2019年)の夏から、「政策の作り方を作る」という活動を新潟市役所と新発田市役所の有志メンバーと行っている。

以前から知人と「地域シンクタンク」を作りたいという話をしていたのだが、テーマを検討する中で「行政が良い政策を作るためにはどうすればよいのか、何が必要なのか」というところに双方の問題意識があったので、「政策の作り方を作る」ことを地域シンクタンクとしての活動の最初のプロジェクトとすることにした。

この記事では、背景と実際にやっていることを紹介したい。

▶「政策の作り方」を言語化しようと考えた背景

なぜ政策の作り方を行政職員と一緒につくろうとしているのか、という背景について述べたい。

●政策立案に関する知の技術的側面への偏り

「政策の作り方」に関しては、これまでにも学術的な検討も行われているし、関連の書籍も多数出されている。それらからは学べることは多いが、「分析の仕方」や「データ活用の仕方」など政策立案の技術的な側面に焦点が当てられているものが多い。政策立案に強い関心を持つ職員には読まれているかもしれないが、そのような職員は一部であり、現実の政策立案そのものを変える素材になりえていないのではないかと感じていた。

実際の組織においては、人間関係(その意味での政治性)や組織の慣習・カルチャーなど、政策立案プロセスに影響を与える様々な要素があるのであり、政策立案プロセスの質を高めるには、分析の仕方などの「技術的な知」のみならず、「技術的ではない知」も作っていかなければならないのではないかと感じている。

※ちなみに私個人としては、そのような技術的な知も大好物である。

●「こうすれば良い政策を作ることができるだろう」という仮説がない or あったとしても組織の中で共通のイメージとして共有されていない

もうひとつは、「こうすれば良い政策が作られるだろう」という仮説がないままに、もしくは、そのような仮説が組織として共有されることがないままに、なんとなくの空気感だけで政策や事業が作られているという問題がある。

仮説がなければ、ふりかえったり検証されたりすることもなく、改善されることはない。その結果、盲目的に同じやり方を続けてしまってはいないだろうか。

以上の問題意識から、

  • 政策立案プロセス(特に予算編成プロセス)に関して、
  • 「現場で行われている目の前の業務」と「学術的知見・理論」との間を接続する知を
  • 現場の職員自らの手で生み出していくこと

が重要だと考えたのが、このプロジェクトの発端である。

▶「知」とはなにか?

では、言語化しようとしている「知」とはそもそもなんなのか。

「「知」とはなにか」という話は昔から議論されていることで、色々な捉え方ができるものではあるが、個人的には「知識」と「情報」という2つの視点から捉えるのがもっともシンプルだと考えている。

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「知」とは、基本的には「こうすればこうなるだろうという仮説」(上図で言う「知識」)である。天気に例えるならば、「きれいな夕日が見えているので、明日は晴れるだろう」という類のものである。何かしらの行為をするためには、そのような仮説が不可欠であり、政策立案パターン・ランゲージプロジェクトで生み出そうとしている知である(「知」のもっとも小さな定義は、上図の「知識」に該当すると考えている)。

一方で、「すでに存在している事実」を言語化した「情報」も重要である。同じく天気に例えるならば「今日は夕日が見えている」というものであるが、「情報」が重要なのは、「<情報>の蓄積」が「未来の行為につながる<知識>」を生み出す源泉になっているからである。その意味で、「情報」も「知」を構成する重要な要素であることを強調したい(広義の「知」=「知識」+「情報」)。

※詳細は、以前書いた下記のブログを参照いただきたい。

blog.copilot.jp

▶「知」をどう生み出すか

では、そのような「知」はどう生み出せばよいのか。 知を生み出すアプローチにも様々なものがあるが、「過去と未来という時間軸」(下図の横軸)と「具体と抽象という知の性質軸」(縦軸)の2つを意識すると知を生み出しやすくなると考えている。

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図:Emergent Learning Table(出典:Marilyn Darling, Emergent Learning_ A Framework for Whole-System Strategy Learning)

この図は、「創発的な学習プロセス」(Emergent Learning)をモデル化したもので、縦軸は「Thking - Facts & Events」という軸、横軸は「Past - Future」という軸で整理されている。

このサイクルはぐるぐると循環し続けるものだが、基本的には、左下の「Ground Truth(基盤となる真実)」から、つまり、事実を共有することからスタートすると良い。 まずは、「過去の事実・出来事」(左下:Past × Facts & Events)を共有した上で、同じことはなにか?違うことはなにか?意外だったことはなにか?ということをふりかえり、気づきを言語化する(左上:Past × Thinking)。

それら過去(左側)に関する知をもとに、新しいアイデアや思考がないか検討した上で(右上:Future × Thinking)、未来の具体的なアクションを定めていくという流れである(右下:Future × Facts & Events)。

※同様のことを以前こちらのブログに書いていたので、ご関心あればお読みください。

blog.copilot.jp

このようなサイクルを経ることで、必要な「知」を自ら作り出しやすい状態になるのではないかと考えている。中でも重要なポイントは「事実の共有」(上図の左下)で、政策立案パターン・ランゲージプロジェクトでも、そこを意識した設計をしている。ここからは、パターンづくりのプロセスについて書きたい。

▶パターンを言語化するプロセス

パターンの言語化は、以下のような流れで実施している。

1)事実の共有(起こっている出来事と、行っていること) 2)現状の政策立案プロセスに対するふりかえり 3)パターン化したい論点の抽出 4)論点を「状況」「問題」「解決策」「結果」の観点で深堀りする 5)文章化

全体的な検討の進め方の土台は、KJ法をベースにしている(下図)。 そこに、ふりかえりに関するいくつかのアプローチ(タイムラインとプラスデルタ)を組み合わせた上で、 パターン化(上記4)の部分は、慶応大学の井庭先生の各種書籍や資料を参考にしている。

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図:KJ法のアプローチ

以下では、それぞれのプロセスで実施していることをもう少し詳細に説明したい。

1)事実の共有(起こっている出来事と、行っていること)

まず、最初のプロセスでは「事実の共有」を行っている。具体的には、4月〜3月の1年間で政策立案プロセス(予算編成)について行われていることを時系列に洗い出している(「タイムラインの作成」と呼んでいる)

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なぜ、最初にこの作業をやっているのか。それは、このプロセスが「政策の作り方」を作っていく上で最も重要な作業だと考えているからである。

  • 可視化しないと、自分がやっていることすら全体像を捉えることはできないから
  • 他の人がやっていることは、さらに理解できないから
  • 時間軸で事象をマッピングすることで、物事の関係性(共通点・相違点や因果関係など)が把握しやすくなるため

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上図のように、同じ事象でも、みんな別々の側面を見ている。 各自が見ている視点(図内の矢印)を洗い出した上で、なるべく立体的に・正確に事象を捉えるのが、このプロセスの目的である。

※なお、パターンを作るためには複数回の打ち合わせが必要だが、その過程で、実際の政策立案プロセスにも動きがあるので、このタイムラインも一度作って終わりではなく、毎回の打ち合わせの冒頭にアップデートするようにしている。

2)現状の政策立案プロセスに対するふりかえり

次は、上記のタイムラインを見ながら、下記の視点で現状の政策立案プロセスに対するふりかえりを行っている。

  • 良かったこと、継続したいこと
  • 困っていること、改善したいこと

改善点を洗い出すだけではなくて、「良かったこと、改善したいこと」も洗い出しているのは、現在行われている政策立案プロセスの中に残すべき知があるかもしれないからである。ただそれが、もし存在していたとしても個人の中に閉じてしまっている可能性が高いために、この場で表出してもらうことを意図している。

3)パターン化したい論点の抽出

次に、上記2)のふりかえり結果を踏まえて、パターン化したい論点を抽出している。 参加者1人ずつ、共有したいノウハウや課題感が強いものからいくつかの論点を書き出してもらっている。

参加者各自からあげてもらった論点を下記のような形で構造的に整理し(これはまだ仮の粗い整理だが)、ここから深堀りをしたい論点を選択してもらっている(次の4のプロセスも2-3人のグループで行っているため、深堀りしたい論点の選択もグループ単位で行っている)

この論点の全体像は、今後議論を重ねていく中で成長させていきたい。 論点の質をあげるとともに、常に全体の関係性を捉えながら、議論を進めていければと思っている。

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図:論点の全体像

4)各論点を「状況」「問題」「解決策」「結果(実現したい未来)」の観点で深堀りする

次に、各論点を「状況」「問題」「解決策」「結果(実現したい未来)」というパターンの形式で深堀りをしていく。

ここの進め方は、基本的には、井庭先生が書かれている書籍であったり、下記のPattern Writing Sheetを参考にさせていただいているが、思考しやすくするために、いくつかの視点を加えている。

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図:Pattern Writing Sheet (出典:http://creativeshift.co.jp/wp/wp-content/uploads/PatternWritingSheetInstruction0.90.pdf

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図:政策立案パターン・ランゲージプロジェクトで用いている「パターンの要素の洗い出し方」

5)文章化

このプロジェクトではこれから実施するところだが、最終的には、上記で洗い出したパターンの要素を文章化していく予定である。

これは、文章化することで、「仮説」としてのパターンの本質を捉えやすくなるとともに、ロジックの正しさ・妥当性を確認することができるからである。付せんでアイデアを出していた段階ではなんとなく良さそうに見えていたものであっても、実は漠然としていることが多い。文章にすることで、仮説の本質と穴が見えてくる。

以下はKJ法を生み出した川喜田二郎氏の言葉であるが、まさにその意味で、文章化(≠箇条書き)をしていきたいと思っている。

たとえば図解すると、一応はいかにもわかったような気がする。ところが、図解の意味を口のなかでつぶやいてみるとときどき説明がつながらず、行き詰まる。そのときに図解の誤りを発見し訂正するきっかけができる、ということは暗示的である。
なぜなら、つぶやくということは、一種の鎖状発展の関係認知法だからである。また、つぶやきとか会話と同様に、文章を書くというのも、その鎖状発展である。(略)したがって文章化したならば、図解のときにもっともだと思った理解のしかたについて、ときどき誤りを摘発することができるわけである。
(出典:川喜田二郎「発想法」、p128)

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f:id:kedamatti:20200118095235j:plain 図:パターン・ランゲージのアウトプット (出典:井庭崇「対話のことば」、p14)

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このようなプロセスで、現在、政策の作り方をそれぞれの行政職員有志と言語化しているところであるが、このやり方自体も仮説に過ぎない。検討を進めながらブラッシュアップしていきたい。

▶パターン・ランゲージづくりの先に意図しているもの:自ら「知」を生み出すプロセスを通じた「学習」と「組織変革」

最後に、このプロジェクトの先に何を考えているのか、ということを書いておきたい。

このプロジェクトでやっていることは、具体的なアウトプットとしては「良い政策の作り方に関するパターン」になるが、単にパターンを言語化することがゴールではない。その裏には「学習」と「組織変革」も意図している。その理由は以下である。

●組織的な学習レベルの低さ

組織がより高い成果を生み出していくためには学習の質を高めることが不可欠であるが、現状では、多くの行政組織において「質の高い組織的な学習」が行われていないのではないかと感じている(この問題は、行政組織に限った話ではなくて、民間企業でもある)。たとえば、呪文のように唱えられる「OJT(On-the-Job Training)」は本来は重要な学習プロセスであるはずだが、実際は「これまでやってきたやり方をそのまま新人にコピーすること(かつ、暗黙的な形で)」以上の意味ではなく、組織としての学習プロセスにはなっていない。また、学習の場の一つである研修も、当事者の問題意識やモチベーションから乖離したテーマで受け身の講義が行われていることが多く、現実の業務や組織を良くする素材にはなっていないのではないか。

そのような状況を打開する一つのアプローチが、「自らの手で、必要な知を生み出していくこと」である。

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上図の「アウトプットから始まる学び」は、ラーニング・パターン(https://learningpatterns.sfc.keio.ac.jp/introduction.html)という「学習」について言語化されたパターン・ランゲージの中の一つであるが、個人的にも学びの本質はここにあると思っている。

■動機の見えない知識のインプットは、身につけることが難しい。
・何かをつくったり実践したりすると、自分ができることとできないことの両方が明らかになる。
・自分がやりたいことを実現するための必要性が、学びへの強い動機を生む。
・アウトプットするためには、試行錯誤のプロセスが不可欠である。
・何かをアウトプットすることは、「自分」を出すことに他ならない。いくつもの可能性のなかからの選択に、自分らしさが出るからである。
(出典: アウトプットから始まる学び/ラーニング・パターン、https://learningpatterns.sfc.keio.ac.jp/No7.html

もちろん、誰かの手によって形作られた知をインプットすることも学習において重要なプロセスだが、軸足はアウトプットに置くべきだと考えている。その方が、インプットの質も確実に高まる。

●組織を変えることのハードルの高さ

もちろん、パターンを作ることが最終ゴールではない。当事者の立場に立てば、パターンを言語化しても目の前の現実(業務・政策・組織)が変わらなければ意味はなく、当然ながら「パターンづくり」だけでは終われない。

しかしながら、「組織変革」というものを前面に押し出すことの難しさも現実問題としてはある。たとえば、組織変革が意味するものの捉えにくさであったり、組織変革をさせる側とさせられる側に二分化して捉えられてしまいがちなものであることが理由。

その点で、知をアウトプットすることは、組織変革を柔らかく実施していくことができるアプローチだと考えている。

まず、パターン・ランゲージなどの知を言語化していくことは、組織変革に比べて、具体的なアウトプットが見えやすく、取り組みやすいというメリットがある。また、関わる個人にとってもすぐにアウトプットを出すことができ、自身の貢献を感じやすい。小さな例ではあるが、「自分のためにノートでとっていた議事録をGoogleDocsなどのクラウド上で作成してプロジェクトメンバーに共有する」ということも、組織変革に繋がる知のアウトプットの例である。もともとは自分自身のためにやっていたことであり、本人の手間は変わらないが、それを組織のメンバーに共有するだけで感謝される。そして、このプロジェクトで行っているように、何人かのチームで検討していけば、より組織に役立つ知を創出できる可能性がある。

知のアウトプットは、そのような好循環(システム思考の言葉で言えば、自己強化型ループ)のきっかけになりやすい行為であり、それが進展していくと、チーム単位や、より大きな組織単位でのアウトプット(学習)に繋がり、組織変革を実現しやすい状態が作られるのではないか。

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以上の考えから、<自ら「知」を生み出すプロセスを通じた「学習」と「組織変革」>という形で、知をアウトプットすることを通じて質の高い学習を行いながら、その知をクッションにして目の前の組織変革を行っていくようなアプローチの方が現実的ではないかと思っているが(※)、これも仮説に過ぎないので、実証しながら検証してきたい。

(※)ここ数年話題になっていた、ティール組織/ホラクラシーという新しい組織形態は従来のヒエラルキー型の組織と対比される形で言及されることが多いが、大事なのは、その組織にとって必要な知や情報が創造され、流通することだと考えている(詳細は下記のブログを参照ください)。

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▶ご連絡をお待ちしています

このプロジェクトを少しずつでも広げていきたく、ご関心ありましたら、ぜひご連絡ください。
政策立案パターン・ランゲージ以外のプロジェクトも行いたいと思っています。より良いパブリックを一緒に作っていきましょう。
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米山知宏/地域シンクタンク(仮称)、株式会社コパイロツト | プロジェクトマネジメント・ナレッジマネジメントファーム
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