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「eデモクラシー時代の『参加』」から「オープンガバメント時代の『参加』」へ

オバマが「オープンガバメント」を提唱して以来、日本でも「インターネットで政治を変える」ということで、この言葉に大いなる期待が集まったけれど、10年ほど前にも「eデモクラシー」に同様の期待が集まっていた。民主主義の質を向上させるという意味では、方向性は同じと思われるが、いくつかの点では変化しているように感じている。

 

特に「参加」というものに対するスタンス。

どちらも「住民の政治参加」を志向しているけれど、以下の点で変わってきているように思う。

 

「直接的&主体的な『参加』」から「間接的 or 非主体的な『参加』」へ

 

一つは、期待する「参加」の重さ。

 

10年前に書かれた「eデモクラシー」の本をあらためて読んでみると、「eデモクラシーで重要なのは、社会的課題についての市民の積極的参加があるかどうか」という趣旨のことが書かれていたが、以前は「参加」というものに「優等生的な市民」を期待していたように思う。

もちろん、政治の質を向上させるには、市民が主体性を持つことも大事だけれど、それほど「主体的ではなく」「積極的でもない」市民がどのように政治に関わるかという視点がそれほど考慮されていなかったのではないだろうか。

 

昨今のソーシャルメディアの普及は、その問題を改善する可能性がある。國領先生は「ソーシャルな資本主義」の中で、「『創発』するためには『見える』ようにならなければならないし、『見える』ようになるためには『つながる』ことが必要」と指摘する。

自ら積極的に政策議論をしたり政治家に意見を提示したりということまでは行わなくとも、TwitterFacebookで政治家をフォローし、なんとなく政治家の活動を見るだけでも、「間接的」であり「非主体的」であるかもしれないが、大事な政治参加と言えるのではないだろうか。

 

第三の参加


二つ目として、これまで想定されなかった参加の形(第三の参加)が生まれているようにも感じている。「第三」とはどういうことか。


政治学者の篠原一先生は、デモクラシーを以下のように二回路制のものとしてとらえている。

 

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・第一の回路は、法治国家によって規定された制度的プロセス

・第二の回路は、市民社会の中での非制度的、非形式的な意見形成のプロセス

(市民の政治学/篠原一

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第一の回路は、主に、代表者によって行われる意思決定が該当し「決定」に主眼が置かれる。代表者を選択する選挙、国民投票、直接投票などもそこに含まれるだろうか。一方で、第二の回路は「市民社会における意見形成」に主眼が置かれる。日本でも実施されている「討論型世論調査」や「プラーヌンクスツェレ」等もここに含まれるだろう。

 

「第三の参加」という表現には、オープンガバメント時代の「参加」が、第一の回路および第二の回路のどちらにも属さない新しい政治参加の形であるという思いを込めたものだが、その最たるものは「オープンデータ」に関する取組だろう。


公的データのオープン化、編集、アプリ化等の取組は、上記の「第一の回路における決定」や「第二の回路における意見形成」を支援し、その質を向上させる可能性がある。それは、従来の「参加」として想定されていた「第一の回路」や「第二の回路」への参加とは全く違うものである。


一言で言えば、第一や第二の回路を支えるための「基盤作り」と言えるだろうか。

政策そのものの議論に参加することだけが参加ではない、ということをオープンデータの活動は示しているように感じる。

 


また、「市民参加の場を市民がデザインするという”メタ参加”」も同様の期待ができるかもしれない。


たとえば地方議会であれば市民との対話の場として「議会報告会」が行われることがあるが、しばしば市民側が期待する内容とズレる。そこで、市民が議会報告会の運営に何らかの形で関与すること(メタ参加)で、双方のズレが解消され、その場の正統性が向上するのではないだろうか。

 

議員定数や議員報酬の削減が叫ばれ、政策自体ではなく議会の場自体への不信感が高まる中、「市民参加の場を市民がデザインするという”メタ参加”」は重要な視点ではないだろうか。

「eデモクラシー時代の『参加』」から「オープンガバメント時代の『参加』」へ

 

住民と政治が、ソーシャルメディアを通じて日常的に間接的なコミュニケーションを行い、うっすらとお互いを認識しつつ、新しい参加のあり方をお互いにデザインしていく。そのことが、第一の回路、第二の回路という従来の参加の質を向上させることにも繋がる可能性がある。

 

伊藤議員は自身のブログ(http://hiro-chan.net/activity/2013/03/post-571.html)で「オープンデータがキャズムを超える日は近い」と指摘するが、オープンデータを含めた「オープンガバメント時代の参加」がより一般的になるためには、「非主体的参加」「第三の参加」「参加の場作りへの参加という”メタ参加”」などの視点が重要になるんじゃないだろうか。

 

第一の回路、第二の回路自体への参加のあり方、それらの相互の関係性を含めて、新しい参加の形を考えていきたい。