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日経のコラム

今日から、日経朝刊で、西垣通さんのコラムが開始。
(この人、結構好きなのです)

明日からも読むのを忘れないように!

◆第1回(ウェブ上の人格)

・「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」と、女のふりをして、紀貫之は仮名で土佐日記をつづった。

・誰しも自分のなかに複数の人格を持っている。

・近年の認知科学や脳科学の研究でも、人間の脳はいくつかのブロックに分かれており、思考自体も矛盾しがち。首尾一貫した「自己」を見いだすことは難しい。

・だが、社会生活では、常に一貫した自己を演じ続けないと行けない。

・そこで、ブログだけでも、別人格で発言したくなるのではないか。

◆第2回(分散人格と複合人格)

・ウェブの中で、個人が色々な人格を持つこと自体は、とりたてて責めることではない。首尾一貫した自己を維持していくストレスは大変なもの。

・ただ、匿名の仮面をかぶって、ウェブで勝手な放言をしたり、他者攻撃をすれば、インターネット文明の未来はない。

・悪のつい要より善の連帯を重んじるのがインターネット文明の特徴。自由の代償として、責任ある個人という近代的理念がある程度ゆらいでいくのをやむを得ない

・そのような見方の一方で、ウェブを通じて近代の個人主義を乗り越えることが出来る可能性もある。

◆第3回(自律的システム)

・インターネット社会では、分割できない絶対的単位としての「個人」という近代社会の大前提がゆらいでいく可能性がある。

・そもそも、情報やコミュニケーションという観点から見ると、人間だけでなく、細胞もスポーツチームも企業も、一種の自律的な「情報コミュニケーションシステム」。つまり、「個人」は、決して絶対的な基本単位ではなく、階層的システムのなかの、いわば「中間的な単位」であり、共生体。

・近代以前も、人間は緊密な共有対のなかで集まって生きており、個人の自由は制限されていた。

◆第4回(思考機械めざして)

・情報とはまず何より、生命的なもの。機械的なものであると誤解されている。

フォン・ノイマンなどは、「人間が思考するとはいったいどういうことか、それは機械的に実現できるのか」という問題意識を持ち、「思考機械」を目指していた。そのため、生物の脳神経のモデルが研究されていた。

・人間のコミュニケーションや人間自体を機械的存在とみなされることが多いが、その呪縛から逃れなければならない。