【読書】ネットワーキングへ招待され、ウェブ時代をゆく。


自宅の本棚を整理していたら、ふと、大学の卒論を書いたときに読んでいた本が目に付いたので、何となく懐かしい気持ちもあり読んでみることにした。

ネットワーキングへの招待(金子郁容)

これを読んだのは、もう10年近く前になるということもあって、正直内容はほとんど忘れていた(笑)

改めて読んでみた今回、一言で言えば、とても興奮した。至る所に共感するフレーズが散りばめられており、大学の先生に勧められた理由が10年後になって分かった気がする。

とても興奮したのは何故か。
それは、その本が20年も前に書かれていたからだ。

実は、この本を読む前にウェブ時代をゆく - いかに働き、いかに学ぶか(梅田望夫)を読んでいたのだけど、僕にはその内容がほとんど同じに感じられた。梅田さんの本は、インターネット時代の仕事論・人生論という部分で大変おもしろい考え方が書かれているけれども、そのエッセンスは20年前に書かれた「ネットワーキングへの招待」と大部分が重なっていた。その事実にとても興奮を覚えたのである。

インターネットが普及している今の時代に書かれた「ウェブ時代をゆく」から、ある文章を引用したい。

・ウェブは、「志」を持って能動的に対峙したときに、まったく異なる様相を私たちに見せるものである。「志」さえ持てば、ウェブは「人生のインフラ」として「個」を大いに助けてくれる。

そして、20年前に書かれた「ネットワーキングへの招待」から。

・ネットワークのメンバー全員が、それぞれに自分の参加の目的を追求していて、それを可能にするシステムとしてネットワークが存在価値を持つ。そして、ネットワークを形成することの目的は、自己実現とか自己表現という社会的欲求の追求である。
・組織全体のためにメンバーが存在するのではなく、メンバー一人一人の自発性の力を発揮させるシステムとして組織が存在する。

「個」を実現する上での、ネットワーキングの重要性。
当たり前の話かもしれないけども、それが大事なのは、インターネットがある現在でも、インターネットが無かった20年前でも変わらない。それ以前でもそうだったのではないか。

違うのは、ネットワークが形成されやすい手段と、お互いがネットワーキングされる可能性ということになるのだろうか。これからも、それらはどんどん変わっていくのかもしれない。

インターネットが無い時代に提唱された「ネットワーキングの意義」が、インターネットの出現によってより目に見えやすいものになり、大変身近な概念になった。この20年という時間に、何だか感慨深い物を感じた。

p.s.
これからしばらく、以前読んだ本を読み返してみようと思う。10年前に読んだ本を今読むことで、今の時代を別の視点から見られるのかも知れない、と期待してみよう。