@kedamatti's diary

米山知宏の思考メモです(専門は、知/情報/自律的な組織づくり/プロジェクトマネジメント/ナレッジマネジメント/コミュニケーション/オープンガバメント/民主主義/市民参加/シビックテック)

実名・匿名問題について、思いついたことをだらだらと。。。

実名・匿名問題について、ぼーっと考えてみたことを整理。なんの解決にもならんが、ま、ちょいと思いついたことということで、メモ。。。

・実名と匿名は、0か1というように「点」なのではなく、あくまでも「実名的状態」「匿名的状態」というように幅を持っているのではないだろうか?(それぞれの状態の中でも、程度の違いがある)。そういう意味で、「状態」という表現が正しいような気がする。

・自分の中での定義として、「実名的状態が強い」とは、情報の受け手側が、情報の出し手をより詳細に特定できる状態のこと。会ったことがあるとか無いとか、顔を知っているかどうか、ではなく、特定できるかどうか。

・「実名的状態」を形作るのは、様々な要素である。まさに「実名(本名)を晒すこと」はその要素の一つに過ぎない。会社名、住所、見た目、話し方、ふるまい、趣味、日記、つきあいのある友達、、など様々な情報が組み合わされて、「実名的状態」が作られる。より多くの情報が提供されれば、より実名的状態が強くなる。

・同じ情報量を提供しても、受け手によっては、情報の出し手を特定出来たり出来なかったりする。本名を公開したところで誰だか分からない場合もあるし(そもそも、本名かどうかが判断できない!)、逆に、本名を公開せずニックネームでも特定できる場合はある。それは、話し手と聞き手の関係、またどのような状況で会話をするか等によって変わってくる。

・実名と匿名のどちらが適しているかは、その場の状況次第で変わる。ネットではない対面の社会で考えても、必ずしも名前・所属等の自分を特定する情報をオープンにして行動しているわけではなく、状況に応じて公開する情報量を調整している。ま、同じ公開でも、積極的公開(ここはどんどんオープンにした方が、いいコミュニケーションが取れるよね、と判断した時とか)と消極的公開(オープンにしないとあるサービスに参加できないから、しょうがなく公開する時。パスポートの取得もそうかな)には分けられそうだけど。

うーん、もうちょっと考えてみよう。。。